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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)260号 判決

原告 中沢幸平

被告 金子いね

主文

原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

当裁判所が昭和三一年一月二三日にした強制執行停止決定は、これを取り消す。

前項に限り、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、第一次的請求として、「被告の原告に対する東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第六一七号建物収去土地明渡請求事件の判決に基づく強制執行は、許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を、予備的請求として、「被告の原告に対する東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第六一七号建物収去土地明渡請求事件の判決につき同裁判所が昭和三〇年三月一七日付与した執行力ある正本に基づく強制執行は、許さない。訴訟費用は被告の負担とする」。との判決を求め、被告訴訟代理人は、本案前の裁判として第一次的請求につき訴却下の判決を、本案の裁判として主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

二  原告の主張

(一)  被告は、昭和二三年一〇月一日、訴外白沢藤男に対し、自己所有の東京都練馬区南町一丁目三、五二〇番地宅地九四坪の内二一坪(以下本件土地という。)を、賃料一カ月一四〇円毎月末払の約で賃貸し、同訴外人は、右借地上に木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪一五坪七合五勺二階一六坪(以下本件建物という。)を建築所有していたところ、被告は、右訴外人の昭和二七年六月分から同二八年五月分までの賃料合計三、七八〇円(当時の賃料は一カ月三一五円)の支払義務の不履行により前記賃貸借契約は同年七月六日限り解除されたとして、右訴外人に対し、本件土地の所有権に基づき、本件建物を収去してその敷地たる本件土地の明渡しを求める訴を東京地方裁判所に提起し、該訴訟は同庁昭和二九年(ワ)第六一七号事件として係属し、同年四月二〇日原告の請求を認容する主文第一項掲記の判決がなされ、これに対して上訴がないまま同判決はその頃確定した。

(二)  本件建物については、昭和二八年七月四日訴外株式会社平和相互銀行から強制競売の申立があり(東京地方裁判所昭和二九年(ヌ)第三一二号事件)、さらにその後訴外正和商事株式会社から抵当権の実行として競売の申立がなされ(同庁昭和二九年(ケ)第四九六号事件)、この後の申立は前の事件の記録に添付されたが、結局後者の昭和二九年(ケ)第四九六号事件において原告が競落人となり、同年九月二日競落許可決定を受けて本件建物の所有権を取得し、同年一〇月八日その登記を経由したところ、被告は前記白沢に対する確定判決につき、原告を白沢の承継人として昭和三〇年三月一七日原告に対する執行文の付与を得て強制執行に着手した。

(三)  然しながら、本件債務名義たる前記確定判決に基づく原告に対する強制執行は、次の理由により許されないものである。すなわち、

(1)  前記白沢は、昭和二七年四月二六日訴外住宅金融公庫の債権金三七八、〇〇〇円のため、同二八年五月一一日前記正和商事株式会社に対する債務金二〇万円のため、同日訴外高梨忠市に対する債務金五〇万円のため、同月二八日原告に対する債務金四五万円のためそれぞれ本件建物に抵当権を設定したほか、他にも多額の債務を負担し、遂に上記(二)において述べたような競売の申立を受けるに至つたため、本件建物の所有権を維持することはとうてい不可能と考えるに至つた。他方本件土地所有者たる被告においても、白沢の経済状態から判断して、このままでは本件建物が競売その他の方法により第三者の手に渡ることは必至とみていたので、ここに両者互に意思を通じて仮装的に白沢の借地権を消滅せしめ、本件建物が第三者に帰属しても結局その利用ができないようにしようと企て、白沢が昭和二八年五月分以降の地代合計三、八七〇円の支払を遅滞したという理由で被告において賃貸借契約解除の意思表示をし、次いでこれに基づいて被告から白沢を相手として本件建物の収去および敷地の明渡訴訟を提起し、その第一回口頭弁論期日において白沢は被告の主張事実を全部自白し、その結果被告が勝訴判決を得るや、白沢は上訴しないでそのままこれを確定せしめたのである。このように、前記賃貸借契約の解除が全く仮装のものであり、被告が白沢に対して真に本件土地の明渡を求める意思を有せず、本件債務名義の取得が専ら本件建物の差押債権者、抵当権者ないしは競落人の権利を害する意図に出たものであることは、上記訴の提起および判決に至る過程から窺いうるばかりでなく、白沢が遅滞したとされる地代がわずか月三一五円、合計しても三、七八〇円という同人としては支払の容易な金額にすぎないこと、被告が前記判決の確定後も数カ月は白沢に対して執行に着手する気配すら示さず、そのまま同人を本件家屋に居住せしめ、しかも原告が本件建物を競落し、白沢が右競落許可決定に基づく引渡命令により本件建物を明け渡すや、本件土地の地続きの宅地を同人に貸与し、バラツクを建てさせて今なおこれに居住せしめている事実から明らかというべきである。このように、債務名義たる確定判決が、当事者の通謀により、専ら第三者の権利を害する目的で、換言すれば第三者に対する関係においてのみ債務名義として利用する目的で、当事者の虚偽の主張に基づいて得られたものである場合には、かかる判決は無効というべく仮に無効といえないとしても、これに基づく右第三者に対する強制執行は、不当な執行として許されないものと解するのが担当である。

(2)  仮に、白沢および被告に第三者の権利を害する意思がなかつたとしても、なお原告に対する強制執行は次のような理由によつて許されない。すなわち、白沢が前記のように本件土地の賃貸借契約を維持する意思を失い、自己の容易に支払いうる賃料債務をことさらに遅滞し、賃貸借契約の解除の理由を作出し、自らすすんで本件土地明渡の判決を誘致し、かつ、これを確定せしめたことは、実質的には、これらの一連の行為を通じて本件土地の賃借権をみずから放棄したことに他ならないし、また被告がこの間の事情を知りながら、白沢と相通じて本件土地の明渡訴訟を提起し、勝訴判決を得たことは、これまた実質的にみれば、両者の合意による賃貸借契約の解除にひとしく、更にこれを実体法上賃借権の放棄ないしは賃貸借契約の合意解除ということができないとしても、少くともこれから生ずる第三者との法律関係に関する限りは、実体法上の賃借権の放棄ないし合意解除の場合に準じて考えるのが相当というべきである。ところで、一般に建物はその敷地の利用を離れては権利の目的たる物としての価値を十分に有し得ないものであるから、建物と敷地の利用権とは、主物と従物に類似した関係にあるものということができ、従つて建物につきなされた差押の効力は、その建物の敷地の利用権にも及び、差押を受けた建物の所有者は、その敷地の利用権の処分についても制約を受け、たとえこれを放棄したり、ないしは契約の合意解除約によつて消滅せしめても、これを以て差押債権者に対抗することができないと解するのが相当であるところ、本件建物については、前記のように、白沢による借地権の放棄ないしは被告と白沢との賃貸借契約の合意解除の完成とも目すべき本件土地の明渡を命ずる判決の確定時前にすでに強制競売及び任意競売の申立に基づく差押がなされていたのであるから、前記借地権の放棄もしくは賃貸借契約の合意解除は、これらの差押債権者ひいては右差押に基づく競売によつて本件建物を競落した原告に対抗することができない。のみならず、建物とその敷地との間に存する上記のような特別の関係にかんがみ、抵当権の付着した建物の所有者が敷地の借地権を放棄したり、敷地所有者との間に賃貸借契約を合意で解除しても、これによる借地権の消滅を以て該抵当権者およびその抵当権の実行により建物を競落した者に対抗することができないと解せられるから、この点からいつても原告に対抗することができない。その結果、原告は、本件建物の競落による所有権の取得と同時に、その敷地である本件土地の所有者に対して賃借人としてこれを占有使用しうる権利を有することとなるから、本件債務名義に基づいて原告に対し本件建物の収去および敷地の明渡の執行をすることは許されない。

(3)  仮に、上記の主張がいずれも理由がないとしても、本件債務名義に基づく原告に対する強制執行は、権利の濫用として許されない。けだし、本件債務名義に表示された被告の明渡請求権たるや、前記白沢による僅々三、七八〇円の賃料債務の不払を理由とする賃貸借契約の解除の結果成立したものとされるのであるが、(しかも原告は右未払分を含む本件土地の現在までの地代相当額を供託しており、被告にはなんらの実害がない。)その行使の結果は百数十万円を投じて建築せられた本件建物の破壊を招くものであるのみならず、白沢の地代延滞の事実を知らず、従つて抵当権者として代位弁済をする機会もなく、また被告の訴提起をも知らず、従つて訴訟に参加して防禦方法を講ずる機会にもめぐまれずして、自己の取得する建物が全く無価値となることを知らずに本件建物を競落した原告は、自己になんらの責めなくして甚大な損害をこうむる結果となるのである。かかる権利の行使が濫用であることは明白といわなければならない。

(4)  被告は、昭和二六年一〇月一〇日、白沢が本件建物に抵当権を設定することに対し承諾を与えたが、この承諾は、設定された抵当権の実行の結果本件建物の競落した者に対し建物敷地の使用を認める趣旨を含むものである。従つて、原告は本件建物の競落と同時に本件土地の使用権を取得したものであるから、被告は原告に対して本件土地の明渡しを請求することができない。

(四)  なお、請求異議の訴においては、判決によつて確定せられた請求が判決に接着する口頭弁論終結後において変更消滅した場合のみならず、判決を執行すること自体が不法な場合にも許されるのであるから(大審院民事第三部昭和一五年二月三日判決大審院民事判例集一九巻二号一一〇頁参照)、上記(三)の(1) および(3) の理由は、この点からいつてもいずれも請求に関する異議の原因となりうるものというべきである。よつて本件債務名義に基づく強制執行不許の宣言を求める。

仮に上記理由が債務名義に表示せられた請求の変更消滅に関係がないという理由で請求に関する異議の原因たり得ないとしても、右(三)の(1) および(2) において述べたように、本件債務名義は原告に対して執行力を有しないものであり、また(三)の(2) で述べたように、原告は本件土地の使用関係についての白沢の地位をそのまま承継したわけではなく、本件建物の取得と同時に新たに原始的に敷地の使用権を取得したものであるから、原告に対する関係における本件債務名義についての承継執行文の付与は不当であり、従つて第二次的にかかる執行正本に基づく強制執行不許の宣言を求める次第である。

三  被告の主張

(一)  原告の第一次的請求に対する本案前の主張として、原告が請求に関する異議の原因として主張する事実は、いずれも本件債務名義たる確定判決に接着する最終口頭弁論期日前に生じたものであり、当然右確定判決の既判力によつて遮断される事項であるから、かような事由に基づいて本件債務名義の執行力そのものを排除しようとする原告の訴は、民事訴訟法第五四五条第二項の規定に違反し、不適法として却下を免がれない。

(二)  本案の主張として

(1)  原告の主張事実中(一)の事実は認める。(二)の事実中競売申立の事実、原告が本件建物を競落してその所有権を取得し、所有権移転登記を経たこと及び被告が白沢に対する確定判決につき原告を白沢の承継人として執行文の付与を受け、強制執行に着手したことはいずれも認めるが、その余の事実は知らない。(三)の(1) の事実中白沢が債務を負担していたことは認めるが、抵当権設定の事実は知らない。白沢と被告が通謀して賃貸借契約の解除を仮装し、本件建物の収去土地明渡の判決をなさしめたとの事実は否認する。(三)の(2) 中白沢による借地権の放棄及び白沢被告間の賃貸借契約の合意解除の事実は否認する。

(2)  請求に関する異議の訴は、債務名義に表示せられた請求が不成立、変更または消滅したことを理由としてその有する表見的執行力の排除を求める訴であり、当該債務名義が確定判決である場合には、その既判力により、最終口頭弁論期日後に生じた事由でなければ異議の理由たり得ないことは前述のとおりであるところ、原告主張の(三)の(1) および(2) の事由は、仮にそのような事実が存するとしても、それらはいずれも本件確定判決の最終口頭弁論期日前に生じた事実であり、原告の主張は結局右確定判決における判断が客観的事実と相違することを主張して右判決の効力を否定しようとするものにほかならず、また(三)の(3) の権利濫用の主張も、同様に最終口頭弁論期日前に生じ、かつ、確定判決における判断と矛盾する事実を基礎とするものであるから、その主張自体許されないところである。また本件確定判決が当事者の通謀により裁判所をあざむいて取得せられたものであるとしても、これにより確定判決の効力を云為したり、またその執行力を以て不法行為とか権利濫用ということは、結局確定判決に既判力をもたしめた制度的目的を覆えすものであつて、許されないところというべきである。のみならず、原告の(三)の(3) の権利濫用の主張は、本件訴提起の時において異議理由として同時に主張されなかつたのであるから、民事訴訟法第五四五条第三項の規定により、爾後においてこれを主張することは許されない。

(3)  原告は、本件債務名義たる確定判決における係争物たる本件建物の所有権を、右判決確定後において右判決の被告白沢から承継的に取得したものであるから、右判決の効力は特別承継人たる原告に対しても及ぶことは当然であつて、原告に対する承継執行文の付与にはなんらの違法はない。従つて、原告の執行文付与に対する異議の主張も理由がない。

四  証拠

原告訴訟代理人は、甲第一号証から第八号証まで、第九号証の一、二、第一〇、第一一号証、第一二号証の一から一〇までを提出し、証人山田国之助、同古谷勝造、同有村喜兵衛、同大金保の各証言ならびに原告(第一、二回)および被告各本人尋問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は、証人梅沢以正、同白沢藤男、同金子福太郎(第一、二回)の各証言を援用し、甲第六号証から第八号証までの成立は知らない。その余の甲号各証の成立を認める、と述べた。

理由

原告の第一次的請求に対し、被告は、本案前の抗弁として、原告が請求に関する異議の理由として主張するところは、本件債務名義たる確定判決に接着する最終口頭弁論期日以前に生じた事由であるから、右訴は不適法であると主張する。しかし、かような事情は請求に関する異議の理由の有無に関係をもつ問題であるにすぎず、異議そのものを不適法ならしめるものではないから、被告の右抗弁は理由がない。

よつて進んで原告の請求が理由があるかどうかを判断する。

(一)  被告と訴外白沢藤男間に原告主張の債務名義が存在し、該債務名義につき原告主張の如く原告に対し右白沢の承継人として執行文が付与せられたことは、当事者間に争いがない。原告は、先ず、右債務名義たる被告白沢間の確定判決は、原告主張の如き経緯により成立したものであつて、専ら右判決において収去を命ぜられた本件建物の差押債権者、抵当権者および競落人を害する目的で、当事者の通謀により、仮装の事実関係に基づいてなされたものであるから、かかる判決に基づいて右建物の競落人たる原告に対して強制執行をすることは許されない、と主張する。然しながら、たとえ当事者双方が通謀して第三者を害する目的で一方が真実と異なる事実関係を主張し、他方がこれを自白し、裁判所をしてこれに基づいて判決をするを余儀なくせしめ、かくして得られた債務名義を利用して右の第三者の利益を害する目的を達しようとしたとしても、これにより右確定判決が当然に無効となつたり、あるいは右の第三者に対する関係において執行力を有しなくなるいわれはない。何となれば、実体法上の法律行為であれば、あるいは通謀虚偽表示として無効となり、あるいは詐害行為として取消の対象となりうることは民法の規定するところであり、従つて、例えば公正証書のような債務名義の場合は勿論、確定判決と同一の効力を有する裁判上の和解の如きものであつても、私法上の法律行為の面からあるいは通謀虚偽表示としてその無効を主張し、あるいは場合によつては詐害行為としてその取消を求めることも可能であるとしても、確定判決は、これらと異なり、当事者間の権利関係につき国家機関たる裁判所が公権的にこれを確定したものであつて、その効力は、専ら訴訟法的観点からのみ論ぜられるべきものである。そして訴訟法は、確定判決を当事者間の権利紛争についての最終的な法律的解決手段とするため、これに対して高度の確定力を付与し、法定の再審事由に当る場合に再審の訴の方法によつてその確定力を破ることを認めているほかは、原則としてその判決の効力を否定することを得ざらしめているのである。従つて、いつたん確定判決が成立した以上その判決の成立に至る過程における当事者の訴訟活動の背後にいかなる意図目的がひそみ、あるいは当事者の主張立証がいかに事実を歪曲するものであつても、そのために右確定判決の効力は少しもそこなわれることがないのである。もつとも、現行民事訴訟法は、いわゆる弁論主義を採用し、判決の対象たる事項および判断の基礎となるべき資料の提出を当事者に一任し、裁判所は当事者の主張立証の範囲を超えることができないため、当事者が通謀すれば、裁判所をして実際の権利関係に合致しない内容の判決をなさしめ、その判決の確定力を利用して第三者の利益を害することも不可能ではない。このような不当な結果をどのようにして防止するかは、紛争の最終的解決手段としての判決の確定力をどの程度まで認むべきかという点との関連において決定さるべき立法政策上の問題であるが、現行民事訴訟法は、一部の国や旧民事訴訟法において認めているようないわゆる詐害再審の方法を認めず、僅かに民事訴訟法第七一条の規定により、いわゆる独立当事者参加の方法によつて判決により権利を害せらるべき第三者に対して防衛の手段を与えているにとどまつている。このような点から考えても、当事者が第三者の権利を害する目的で通謀して虚偽の主張を行ない、これに基づいて判決をなさしめたとしても、そのためにその判決が右の第三者に対する関係において無効であるとか、執行力を有しないということのできないことは明らかである。

原告は、さらに、確定判決の効力そのものを否定することができないとしても、上述の如き方法によつて得られた確定判決により当該第三者に対し強制執行することは、その執行自体が不法行為を構成するものであり、かかる場合には請求異議の訴によりその排除を求めうると主張するので、この点について判断する。結論を先に言えば、右の如き事由は、請求に関する異議の理由とはなり得ないと考える。強制執行に際し、執行債務者ないしは第三者に対していかなる場合にいかなる救済手段を認めるかは、迅速な執行による執行債権者の権利実現の確保と、不当な執行に対する執行債務者ないしは第三者の権利保護という二つの抵触する要求の調整として立法上の解決を受くべきものであつて、いつたん法律によりそれぞれの場合における執行債務者ないしは第三者の執行防止手段として特定の手続が認められたときは、単に執行債務者ないしは第三者の権利保護の必要という理由のみによつてそれ以外の執行防止手段を認めたり、あるいは既存の手続を、それが認められた一定の場合を越えて、法律の認めない他の場合にまで拡張利用することは、右の調整をみだすものとして許さるべきことではない。従つて、たとえある強制執行が正当な理由に基づかないで執行債務者又は第三者の権利を害する場合であつても、それが法の認める一定の事由に該当するものでない限り、その執行債務者又は第三者は、かかる執行を防止する手段を有し得ないわけであり、このような結果もやむを得ないものというべきである。もしそうでないとすると、例えば仮に本件の場合において、本件建物が未だ原告に競落されないうちに強制執行が行なわれたと仮定した場合、本件建物の差押債権者又は抵当権者がかかる執行が自己に対する不法行為を構成するとしてこれを防止するために異議を述べたときに、なんらかの形でこれを認めなければならなくなるが、かかる方法として考えられる第三者異議の訴や請求異議の訴をこの場合に許すことは、いずれもこれらの訴訟の本質や目的を著しく外れる結果となり、その容認し難いことは明白である。このように、強制執行が不法行為を構成するということは、それだけでは執行に対する異議の理由とはなり得ず、かかる執行の被害者は結局損害賠償のみで満足する外はない場合もあるのであつて、本件の場合においても、債務名義においてその存在を公証せられた請求権の不存在または変更消滅の場合につき認められた執行阻止手段たる請求に関する異議について、法の認める異議の理由を拡張し、特定の債務名義による執行そのものが執行債務者の権利を不法に害することとなる場合で、他に特別の救済手段が認められていないときはすべて右の異議の訴によりうると解釈することは、とうてい許されないところというべきである。以上の次第で、原告の(三)の(1) の主張は、結局それ自体失当として排斥せらるべきである。

(二)  次に原告は、本件債務名義成立の経緯に照らせば、訴外白沢は本件土地の借地権を放棄したもの、ないしは白沢と被告とが本件土地の賃貸借契約を合意解除したもの、あるいは少なくともこれと同視しうべきものであるところ、右借地権の放棄または賃貸借契約の合意解除は、本件建物の差押債権者、抵当権者、競落人に対抗し得ないから、原告は本件建物の競落と同時にその敷地の使用権を取得したこととなると主張する。然しながら、建物の所有者がその敷地の賃貸借契約の継続を断念して賃料を延滞し、賃貸借契約の解除を誘致したとしても、これを以て右建物の差押権者または抵当権に対抗し得ない敷地賃借権の放棄ないしはこれと同視すべきものということはできないし、また土地賃貸人が右の事情を知りつつ賃貸借契約を解除したとしても、同様にこれを実体法上両者による合意解除またはこれと同視すべきものとみて、かかる合意解除を以て建物の差押債権者または抵当権者に対抗することができないとすることはできない。この結論は、右の事実にさらに原告主張のような賃貸人からの明渡訴訟の提起、賃借人の自白、勝訴判決の確定という一連の事実が加わつても、少しも変るところはないというべきである。もつとも、原告の主張の真意は土地所有者が所有権に基づいて地上建物の所有者に対し右建物の収去と土地の明渡しを求めた訴において、建物所有者が、自己の有する土地賃借権を主張せず、または右賃借権がなお存在しているにもかかわらずこれを消滅したとする原告の主張事実を自白して敗訴判決を受け、これを確定せしめたような場合には、建物所有者があたかも自己の有する敷地の賃借権をみずから放棄し、または該土地の賃貸人との間で賃貸借契約を合意解除した場合と結果において同様であるから、かかる場合には、確定判決の形式を借りて実体法上の賃借権の放棄ないし、契約の合意解除があつたものというべきである、というにあるのかもしれない。右の議論は、土地所有者の建物収去土地明渡請求権を訴訟上否定することができない関係上、賃借権は仮に実体法上存在していても実質的には消滅したと同様であるという実際的考慮に基づく立論であると思われるが、しかしこの事から、これを直ちに実体法上の賃借権の放棄ないし賃貸借契約の合意解除と同視し、その第三者に対する対抗力に関する実体法上の理由の適用ないしは類推適用を論ずることは正当でない。何となれば、右の確定判決の当事者間の関係はともかくとして、当事者の一方と第三者との関係についていえば、その第三者が右の確定判決の既判力を受けない者であれば、その第三者は依然建物所有者の賃借権を主張して土地所有者の明渡請求権を否定することを妨げられないのであるから、この場合に賃借権消滅の実体法上の対抗力の理論を持ち出す理由も必要もないし、右の第三者が確定判決の既判力を受ける者である場合には、賃借権消滅の対抗力に関する理論によつて結果的にその第三者に土地所有者に対する賃借権の存在の主張を許すことは、結局確定判決の既判力がこの者に及ぶことを否定することに帰着し、それ自体矛盾をはらむものとしてとうてい許さるべきではないからである。

要するに、原告主張の如き賃借権の放棄ないしは賃貸借の合意解除の対抗力に関する実体法上の理論の類推によつて本件の如き債務名義に基づく執行の排除を理由づけるためには、結局のところ、土地所有者が地上建物の所有者を被告として建物収去土地明渡請求訴訟を提起した場合において、その建物につき差押がなされ、または抵当権者が存するときは、建物所有者はこれらの差押債権者または抵当権者の権利を害するような訴訟行為を自由にすることができず、たとえこれをしても、その結果としてなされた建物収去を命ずる判決の効力を以て右差押債権者や抵当権者、ひいては建物の競落人に対抗することができないという理論しか考えられないが、このような理論を肯定することは、上記(一)で述べたような理由からいつても、とうてい不可能といわなければならない。

以上説明したように、原告の(三)の(2) の主張も、結局それ自体理由のないものとして排斥を免れない。

(三)  次に原告の権利濫用の主張について判断するに、(被告は、原告の右主張は訴提起のときにおいて同時に主張されていないから、その後における追加主張は民事訴訟法第五四五条第三項に違反し許されないと抗弁するが、右の主張が同条同項にいう別個独立の異議を構成するとしても、かかる異議は必ずしも訴提起のときに同時に併合主張することを要するものではなく、事実審の最終口頭弁論期日までは新たにこれを追加することを妨げないものであるから、被告の右抗弁は理由がない。)、法定の債務名義に基づく法定の手続に従つた強制執行がその債務名義の有する執行力の濫用となる場合がそもそもありうるかどうかも疑問であるが、仮にこの点を不問に付するとしても、かかる濫用を以て直ちに請求に関する異議の理由となし難いことは、すでに上記(一)において述べたところより明らかである。もつとも、債務名義たる確定判決において確定せられた請求権の行使がその後の事情の変化により権利の濫用となる場合は観念上は考え得られないわけではなく、仮にかかる場合があるとすれば、そのような事由は請求権そのものを消滅せしめる事由として請求に関する異議の理由となりうるものといわなければならないが、原告が権利濫用として主張する事実のうち、本件債務名義たる判決の確定後に生じた事情の変化といえば、単に原告が右債務名義の存在を知らずして本件建物を競落し、その収去を強制されれば大きな損害をこうむるという事実のみにすぎず、かかる事情のみで被告の本件建物収去土地明渡の請求を権利の濫用というを得ないことは、多言を要せずして明らかなところである。よつて原告の右主張も排斥を免れない。

(四)  原告はさらに、被告は白沢が本件建物につき抵当権を設定することに承諾を与えることによつて、右抵当権の実行の結果本件建物を競落すべき者に対してあらかじめ本件土地の使用につき許諾を与えたものであると主張するが、仮に被告の右抵当権設定の承諾が建物競落人による敷地使用につきあらかじめ許諾を与える趣旨を含んでいるとしても、右は単に建物の競落に伴なう旧所有者から競落人への建物敷地使用権の移転を承諾する趣旨を出るものではなく、建物所有者の有する敷地の使用権がすでに消滅している場合においても、競落人に対する関係においてその使用を認める趣旨までを含んでいるものとはとうてい解し難く、従つて確定判決により被告の白沢に対する本件土地の明渡請求権が確定せられている本件においては、右の事実を以て被告の原告に対する右判決の執行を阻止する根拠とすることはできない。よつて原告の右の主張もまた理由がない。

(五)  以上説示のとおり、原告の請求に関する異議の原因はいずれも理由がないから、右の請求は棄却さるべきものである。そこで進んで原告の予備的請求について考えると、原告が本件債務名義において収去を命ぜられた建物の競落人であることは前示のとおりであるから、原告が右債務名義の債務者白沢の特別承継人であることは明らかであるというべきところ、原告は、本件債務名義の効力が原告に及ばない所以を縷述し、従つてこれにつき原告を白沢の承継人として執行文を付与することは不当であると主張するが、本件債務名義の効力が原告に及ばないとする原告の主張理由のないことは上来説明したところによつて明らかであり、また原告の(三)の(2) の主張もそれ自体認め難いものであることもすでに述べたとおりであるから、原告の予備的請求もまた失当として棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の取消およびその仮執行の宣言につき同法第五四八条第一項、第二項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村治朗)

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